毘沙門天の鳥居の前の水之尾毘沙門天の説明版には日本語と英語での説明がありました。 『ここ風祭字水之尾は俗に石切山と言われ、昔から小田原石の産地として知られていた。 伝承によれば、小田原北条氏の頃、小田原城修築のため城石の切出し中に、突然巨石の間から血が流れ出た。そしてその夜毘沙門天が夢枕に立ち、「我が身を傷つけるな。しからばお前を守護してやろう。」といった。そこで石切出しを中止し、この自然石を本尊として、毘沙門天を祀ったという。 江戸時代になって、この話を聞いた小田原城主が、毘沙門堂を創建したという(元禄15年・1702年)。 毎年正月初寅の日にご祈祷が行われ、寅年の4月には本尊が開帳され、多くの参詣者が訪れる。』とありました。 鳥居の横には十台ほどの駐車場があり、駐車場奥から左へ70段ほどの急な石段を登ったところにお目当ての毘沙門堂がありました。毘沙門堂の後ろには大きな岩がありました。このあたりの言い伝えによると毘沙門様にいぼとりを御願いして、毘沙門堂にある石にイボの手をこすりつけるとイボが取れるといわれています。 参考にしたサイトの『おだわらよもやま話』によると毘沙門堂には、高さ60センチほどの毘沙門天立像が安置されているそうです。 お堂の正式な名称は「水峯庵毘沙門天」といい、風祭の永禄山寶泉寺に属し、天正年間(1573〜1591年)の建立と伝えられています。 毘沙門天は多聞天ともいいます。多聞天は四天王では東方持国天、南方増長天、西方広目天、北方多聞天で北方の守護神、また十二天では東方帝釈天、東南火天、南方焔摩天、南西羅刹天、西方水天、西北風天、北方多聞天、北東伊舎那天、上方梵天、下方地天、それに日天と月天が入ります。この四天王と十二天ともに北方の守護神で、この毘沙門天は小田原城の北の守り神なのです。 (写真は2007年4月12日撮影) 北向き毘沙門天・いぼ神様の地図→Google Map
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